石戸谷結子の世界オペラ散歩23 ザルツブルク音楽祭「メデ」「アルチーナ」「天国と地獄」レビュー

カテゴリー/ VISIT |投稿者/ Gouret&Traveller
2019年10月29日

クラシック音楽、なかでもオペラを専門に、多数の評論を執筆。難しく思われがちなクラシック音楽をわかりやすく解説し、多くのファンを持つ音楽ジャーナリスト、石戸谷結子さんが、世界の劇場を巡りオペラの楽しみ方を教えてくれる連載、「石戸谷結子の世界オペラ散歩」第23回は、2019年ザルツブルク音楽祭、神話をテーマにした3本のオペラをレビューしていただきます。

 

 

大胆な“読み替え”演出が話題の「メデ」

mde-2019-c-sf-thomas-aurin-14.jpg メデ

ギリシャ神話を題材に、二人の我が子を殺してしまった魔女メデアを主人公にしたオペラ「メデ」(イタリア語では<メデア>)。マリア・カラスが忘れられていたこのオペラをイタリア語で甦演したことで有名だ。作曲者のルイージ・ケルビーニはイタリア生まれだがフランスで成功したため、初演はフランス語で行われた。今回はフランス語上演なので、曲名は「メデ」。初演時は台詞が入るオペラ・コミーク形式だった。しかし演出家のサイモン・ストーンは台詞をカット、また舞台を現代のザルツブルグに設定し、神話的要素をことごとく排して、「浮気して若い女と再婚した夫に嫉妬し、最後は子供を巻き添えに焼身自殺する女」という昼メロドラマに変貌させた。サイモン・ストーンはオーストラリア育ちの34歳。演劇畑出身で、2017年のザルツブルグ音楽祭でライマン作曲「リア王」を演出して話題になった。今年はミュンヘンで「死の都」、パリで「椿姫」を演出する人気演出家になった。

 

 

 

 

この「メデ」、あらかじめ撮影した映像を多用して、テレビ・ドラマ(わざと安っぽいドラマにしている)のように物語を説明する。お金持ちで幸せな家庭を築いたメデだが、ある日夫が浮気している現場を見つけ、離婚する。その後は執拗に夫を追い回し、若い妻に嫉妬して彼女を毒殺し、子供を乗せた車にガソリンを撒いて一緒に自殺する。魔女メデの子殺しという重いテーマを軽い陳腐なドラマに仕立てたアイデアはさすがと言うべきか。演劇としては設定が巧く面白く出来ているが、音楽とは遊離してしまったような。歌手ではメデを歌ったロシア生まれのエレーナ・スティキナが容姿も美しく声量もあり、好演した。指揮は名指揮者トーマス・ヘンゲルブロックでオーケストラはウィーン・フィル。パワーのある力強い、生き生きとした演奏で、ケルビーニのドラマチックな音楽の魅力を伝えてくれた。サイモン・ストーンの演出は言ってみれば、「メデ」のパロディ。今後は彼のような若い先鋭演出家が、時代の流行になっていくのではないだろうか。

photos SF/ Thomas Aurin

 

 

大御所バルトリと人気のジャルスキーが共演した「アルチーナ」

8alcina-1156_ret.jpg アルチーナ 

11alcina-1122-3.jpg アルチーナ2ヘンデルの「アルチーナ」は5月の聖霊降臨音楽祭でプレミエ上演され、評価の高かった舞台。聖霊降臨祭のメイン演目は、夏のザルツブルグ音楽祭で毎年再演される。演出はイタリアの人気演出家、ダミアーノ・ミケエレット。数年前のザルツブルグで、高速道路の下を寝ぐらにするヒッピーの若者たちを描いた「ラ・ボエーム」が話題になった。
 「アルチーナ」は男たちを誘惑し、飽きると動物に変えてしまう我儘な魔女アルチーナが主人公。ミケエレットは神秘のベールに包まれた幻のような世界を背景に、満たされない男女の愛の哀しさを描いている。アルチーナは何百年も生きながらえている魔女で、若い女に変身しているものの、時にわびしい老女の影も引きずっている。そんな舞台の暗い雰囲気が、ヘンデルの音楽とも良くマッチし、バルトリの美しい響きの声に魅了された。ジャルスキーの超高音も心地よく響き、モルガーナを演じたサンドリーヌ・ピオーは、演技も歌唱も巧い。歌手はいずれも素晴らしく、ジャンルカ・カプアーノと古楽アンサンブル、レ・ミュジシャン・ドゥ・プリンスの演奏もニュアンスが豊かだ。音楽と演出がマッチし、全体の完成度は「アルチーナ」が最も高く、音楽を堪能できた公演だった。

photos SF/Matthias Horn

         

 

 

猥雑で下品?「天国と地獄」は大騒動

marcoborrelli_140819_03440.jpg 天国と地獄7

オッフェンバッックといえば、誰でも知っているのが、「天国と地獄」。もとのタイトルは「地獄のオルフェ」だが、大正期に流行した浅草オペラが「天国と地獄」と題名を付けた。学校の運動会では必ず流れる「フレンチ・カンカン」(曲名は「地獄のギャロップ」、古いテレビ・コマーシャルでも使われた)は超有名曲だ。近年は各地で上演される人気オペレッタになっている。フランスふうの粋でおしゃれで、ちょっとだけハメを外した面白いパロディというのが通常の解釈だが、ドイツの先鋭演出家の手にかかると、なんとも騒々しいドタバタ喜劇に変身してしまった。

 

 

 

 

 

演出はベテラン演出家のバリー・コスキー。ベルリンのコーミッシェ・オーパーの首席演出家だ。舞台は場末のサーカス小屋のようにド派手で、歌手たちは嬌声をあげて舞台を転げまわっている。台詞部分は有名なドイツの俳優(役柄は元アルカデアの王子、ジョン・ステイックス)が全て一人でコワイロを使ってドイツ語でしゃべり、歌手は口パクしているだけ。オッフェンバックは派手好きで、大変なお金をかけて豪華絢爛な舞台を創り上げたというが、それをイメージしているのかも知れない。しかしあまりに舞台が騒々しくて、音楽が聴こえて来ない。歌手はみんな若手なので、上手い歌手はいないのだが。指揮はエンリケ・マッツオーラで、なんともったいないことにオーケストラはウィーン・フィル。しかしザルツブルグのお上品な聴衆は大喜びで、大いに楽しんでいる。下品で猥雑で騒々しい舞台だが、エネルギッシュで舞台は目まぐるしく代わり、退屈している暇はない。ドイツの新聞評はといえば、どうやら好評のようだ。。
今年のザルツブルグは、演出は一段とエスカレート。しかし難解になったのではなく、面白さを前面に出した分かりやすい演出だ。「メデ」「天国と地獄」がその典型。見ることができなかったジョルジュ・エネスコのオペラ「エディプス王」はインゴ・メツマッハーの指揮で、演出はベテランのアヒム・フライヤー。ギリシャ悲劇を現代ふうにアレンジした舞台は大好評で、どうやら今年イチバンという呼び声が高い。「メデ」の演出家は34歳だが、バリー・コスキーもアヒム・フライヤーもベテランの演出家。若手もベテランも演出家が暴走した? 今年のザルツブルグ音楽祭となった。2020年は同音楽祭の100年目という記念の年。さてどんな演目が並ぶのか、プログラムは間もなく発表される。

photos SF/Monika Rittershaus

 

 

 

石戸谷結子
Yuiko Ishitoya, Music Journalist
青森県生まれ。早稲田大学卒業。音楽之友社に入社、「音楽の友」誌の編集を経て、1985年から音楽ジャーナリスト。現在、多数の音楽評論を執筆。NHK文化センター、西武コミュニティ・カレッジ他で、オペラ講座を持つ。著書に「石戸谷結子のおしゃべりオペラ」「マエストロに乾杯」「オペラ入門」「ひとりでも行けるオペラ極楽ツアー」など多数。

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