石戸谷結子の世界オペラ散歩⑦プラチナチケットのネトレプコ初「アイーダ」ザルツブルク音楽祭

カテゴリー/ VISIT |投稿者/ Gouret&Traveller
2017年10月17日

クラシック音楽、なかでもオペラを専門に、多数の評論を執筆。難しく思われがちなクラシック音楽をわかりやすく解説し、多くのファンを持つ音楽ジャーナリスト、石戸谷結子さんが、世界の劇場を巡り、オペラの楽しみ方を教えてくれる連載、「石戸谷結子の世界オペラ散歩」第7回目は、プラチナチケットとなったネトレプコ出演の「アイーダ」ほかザルツブルク音楽祭のレポートをしていただきます。

 

 

大スターや巨匠たちが顔を揃える豪華な音楽祭

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 「世界一、ゴージャスな音楽祭」といえば、それは「ザルツブルグ音楽祭」だ。7月末から8月末までの1ヶ月以上にわたり、世界中からリッチで優雅でVIPな人々を集めて開催される。客もリッチだけれど、チケットの値段もリッチ。オペラの最高席は430€(約57000円)と、日本の来日公演と変わらない値段。それだけに、人気の大スターや巨匠たちがずらりと顔を揃える豪華な音楽祭だ。
 今年は音楽祭の総裁が、マルクス・ヒンターホイザーという現代音楽に造詣が深いピアニストに変わり、演目も一新した。近代・現代のちょっと難しい演目が増え、先鋭な演出家や指揮者、また若手の旬の歌手たちがキャスティングされた。そんななか、唯一のゴージャス系演目が、ヴェルディの「アイーダ」だった。指揮者は巨匠のリッカルド・ムーティで、人気のアンナ・ネトレプコが初めてアイーダを歌うとあって、チケットは争奪戦となった。瞬時にチケットは売り切れ、プレミアム・チケットは数千€と噂された。現に会場の入り口で声をかけられたが、その値段は、1000€(13万円以上)だった。ネットでは5000€という値もでたという。
 
 
 

 

 

 

Giuseppe Verdi/Aida/ Premiere am 6.August 2017/Riccardo Muti:Musikalische Leitung, Shirin Neshat:Regie, Christian Schmidt:Bühne, Tatyana van Walsum:Kostüme/  Anna Netrebko:Aida© Salzburger Festspiele Monika Rittershaus

幸いにチケットを入手できたので見ることができたが、会場の祝祭大劇場はいつにも増して華やかな雰囲気。裾を引きずる派手なイブニングドレスや民族衣装のディアンドルが目立った。劇場に入ると緞帳まで黄金色だったので驚いたが、これは舞台美術。演出はイラン出身、ニューヨークで活躍する映像作家のシリン・ネシャットが手がけた。前評判は高かったが、初のオペラ演出で慣れないせいか、演劇性に欠ける雰囲気だけの演出に終わった。しかし音楽的にはムーティ指揮によるウィーン・フィルの演奏がドラマチックでゴージャス。ネトレプコは登場した時から強いオーラを発して圧倒的な存在感。厚みのある輝かしい声と豊かな声量、深い表現力でアイーダを熱唱した。相手役のラダメスはイタリア人テノール、フランチェスコ・メーリだが、スリムになったせいか、体型でも声量でもネトレプコに押され気味。とはいえ、4幕の最後の二重唱「さようなら大地、涙の谷よ」は、二人の澄んだ響きが感動的だった。

 

 

 

Giuseppe Verdi/Aida/ Premiere am 6.August 2017/Riccardo Muti:Musikalische Leitung, Shirin Neshat:Regie, Christian Schmidt:Bühne, Tatyana van Walsum:Kostüme/  Anna Netrebko:Aida, Ekaterina Semenchuk:Amneris

Giuseppe Verdi/Aida/ Premiere am 6.August 2017/Riccardo Muti:Musikalische Leitung, Shirin Neshat:Regie, Christian Schmidt:Bühne, Tatyana van Walsum:Kostüme/  Anna Netrebko:Aida, Luca Salsi:Amonasro, Dmitry Belosselskiy:Ramfis, Roberto Tagliavini:Der König, Ekaterina Semenchuk:Amneris, Francesco Meli:Radamès,  Konzertvereinigung Wiener Staatsopernchor© Salzburger Festspiele Monika Rittershaus

ところでヨーロッパにおいては、オペラといえども現代の社会情勢と無関係ではいられない。いま上演されるオペラの演出には、宗教対立や難民問題は避けては通れない課題となっている。そんなわけで、ザルツブルグで見た6つのオペラにおいても、これらに関連する何等かのメッセージが込められていた。特に「アイーダ」の演出家はイラン出身でもあり、ジェンダーをテーマにしているアーティストでもあるので、「虐げられた民族」がテーマになっていた。映像などでそのメッセージを伝えていたが、動きの乏しい舞台ということもあり、強くは訴えるものがなかった。

 

 

 

 

Regie Peter Sellars  / Bühne George Tsypin / Kostüme Robby Duiveman / Licht James Ingalls© Salzburger Festspiele Ruth Walz

「皇帝ティートの慈悲」は、過激なアメリカ人演出家、ピーター・セラーズが手掛けたので、真正面から「人種差別」「宗教対立」「難民問題」をテーマに取り上げた。自爆テロや蝋燭を灯して輪になる追悼場面が舞台に出現。またオペラにモーツァルトのミサ曲など3曲を6か所に挿入し、レチタティーヴォ(伴奏付きの台詞部分)をかなりカットするなどの(改ざんという非難された)付け加える(改竄と非難された)という過激演出で話題を呼んだ。演出も刺激的だが、演奏も革新的。ギリシャ出身の話題の指揮者、テオドール・クルレンツィスが初めてザルツブルグ音楽祭に登場し、古楽器のオーケストラ、ムジカ・エテルナを指揮して、目の醒めるように新鮮で生き生きとした演奏を行い、大成功を収めた。歌手は主要6人のうち4人までが黒人だが、最も素晴らしかったのはセストを歌ったフランス人のメゾ、マリアンヌ・クレヴァッサ。彼女は今後の活躍が期待される注目の新人だ。

 

 

© Salzburger Festspiele Monika Rittershaus

5月に開催されたザルツブルグの聖霊降臨祭音楽祭で初演されたヘンデルの「アリオダンテ」も再演されたが、この公演も感動的だった。演出も面白かったがチェチーリア・バルトリを始めとする歌手陣が凄かった。バルトリの巧さはいまさら言うまでもないことで、他の歌手とは一頭地抜きんでているが、この公演では、カウンターテナーのクリストフ・デュモーやソプラノのキャサリン・レヴェクが奮闘して、声の競演を繰り広げた。

他ではライマンの「リア」、アルバン・ベルクの問題作「ヴォツェック」、ショスタコーヴィチの「ムツェンスク郡のマクベス夫人」など、現代オペラが並び、総裁ヒンターホイザー色の濃い新鮮なラインナップとなった。昨年までは、有名曲やスター歌手に頼る演目が並び、マンネリ化が懸念されていたザルツブルグ音楽祭だが、来年以降はどうなるのか。つまり、オペラ通向けの渋い演目が並ぶとチケットが売れ残るという危機に直面するわけで、クオリティと人気のバランスが、いずこの音楽祭でも重要課題となっている。

 

 

石戸谷結子(音楽評論家)
Yuiko Ishitoya, Music Journalist
青森県生まれ。早稲田大学卒業。音楽之友社に入社、「音楽の友」誌の編集を経て、1985年から音楽ジャーナリスト。現在、多数の音楽評論を執筆。NHK文化センター、西武コミュニティ・カレッジ他で、オペラ講座を持つ。著書に「石戸谷結子のおしゃべりオペラ」「マエストロに乾杯」「オペラ入門」「ひとりでも行けるオペラ極楽ツアー」など多数。

  

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