石戸谷結子の世界オペラ散歩⑳ベルリンフィルのイースター音楽祭
2019年06月14日
クラシック音楽、なかでもオペラを専門に、多数の評論を執筆。難しく思われがちなクラシック音楽をわかりやすく解説し、多くのファンを持つ音楽ジャーナリスト、石戸谷結子さんが、世界の劇場を巡りオペラの楽しみ方を教えてくれる連載、「石戸谷結子の世界オペラ散歩」第20回は、ベルリン・フィルのイースター音楽祭をご紹介いただきます。
〇ベルリン・フィルのイースター音楽祭
今年のイースターは4月21日と遅かったので、バーデンバーデンを訪れたときは初夏の陽ざしが眩しかった。イースター音楽祭の初日は4月13日だが、14日のムーティ指揮によるヴェルディの「レクイエム」から聴くことができた。ムーティは東京を皮切りに、バーデンバーデン、ザルツブルグと3カ所で「レクイエム」を指揮する。この日のソリストは、ヴィットリオ・イエオ、イリーナ・ガランチャ、フランチェスコ・メーリ、イルダール・アブドラザコフと、最高のメンバーが揃った。
メイン会場となるバーデンバーデン祝祭劇場(写真上)は、街の中心から少し外れた場所にある。外観は古い駅舎をリニューアルしてあり、ホワイエ部分は20世紀初頭のモダン建築で、パリのオルセー美術館のように趣があるが、ホール内部はガラス張りの超近代建築。新旧を見事に融合させた建築として有名だ。客席は2500席とヨーロッパでは2番目に大きい。音響は広すぎてあまりいいとは言えないのだが。しかし、なにしろオーケストラはベルリン・フィルで指揮はリッカルド・ムーティ。出だしから緊迫感のただよう迫力ある「怒りの日」が大ホールに響き渡った。ソリストはいずれも素晴らしいのだが、メゾのガランチャが飛びぬけて巧い。落ち着いた美声と深い表現力で、気品漂う歌唱を披露した。ソプラノは少しきつい声だが、テノールのメーリは輝かしい高音が健在。アブドラザコフも柔らかい美声の低音で、全体をしっかりとまとめた。
翌日はペトレンコ指揮によるコンサート。ソリストはペトレンコのお気に入り、パトリシア・コパチンスカヤ。じつは3日間聴いた公演のなかで、この日が最も素晴らしかった。曲はシェーンベルグのヴァイオリン協奏曲と、チャイコフスキーの交響曲第5番。裸足で白い木綿のドレスを着て演奏するコパチンスカヤは、まるで森の妖精のよう。表情豊かでニュアンスに富んだヴァイオリンの音色と繊細なペトレンコの指揮が合体して、得も言われぬ特別な雰囲気がホールに広がる。奏でる音色が、まるで生き物のように生き生きと動く。ベルリン・フィルの音色も、ふわりとやわらかく、これまでに聴いたことがないほど、香り高い優雅なシェーンベルクが奏でられた。コパチンスカヤはアンコールに、なんとクラリネットの名手、アンドレアス・オッテンザマ―と共に、ダリウス・ミヨーの「戯れ」を演奏。思わぬ贈り物に、聴衆は熱狂した。後半のチャイコフスキーも、聴きなれた名曲が、まるで初めて聴いた曲のように新鮮に響いた。3楽章のワルツは、流麗で哀しく、最後の楽章は圧倒的なオーケストラの全奏で締めくくられた。
〇全裸で混浴のフリードリッヒ温泉
ところで、今回は肝心の温泉に入らなかった。それはなぜ? じつはバーデンバーデンはこれまで、5回ほど訪れており、一人旅のときは、フリードリヒ温泉にもカラカラ・テルメにもゆっくり浸かった。カラカラのほうは水着着用で、ぬるい温泉なので、まるで温泉プールのよう。しかし19世紀末に作られた豪華なフリードリヒ温泉は、水着は着てはいけないし、タオルを巻いてもダメ。しかも混浴だから、入るには勇気が必要だ。1日だけ男女別々の日があるのだが。係員の女性がコースを案内し、自由には動けない。最後は香油を体に塗り、30分ほど静かな部屋で寝かせてくれるので、とてもリラックスできるのだが、しかし一人ならともかく、今回はグループでの旅だったこともあり、熟考の末に温泉は断念したのでした。
来年2020年のバーデンバーデン・イースター音楽祭は、ベルリン・フィルの音楽監督にいよいよ正式就任するペトレンコの指揮で、オペラは「フィデリオ」を上演する。