『愛する人に伝える言葉』ドヌーヴとブノワ・マジメルが演じる病いとの戦い、命の不条理

『愛する人に伝える言葉』

2022年10月7日(金)より、新宿ピカデリー、シネスイッチ銀座ほかにて全国公開

 

フランスを代表する女優カトリーヌ・ドヌーブと「ピアニスト」のブノワ・マジメルが共演、ガンで余命宣告を受けたバンジャマンとその母クリスタルが死と対峙していく姿をドキュメンタリータッチで淡々と追う。

マジメルは、その壮絶な演技で、2022年・第47回セザール賞で最優秀主演男優賞を受賞した。監督、エマニュエル・ベルコは、ドヌーヴとマジメルを起用した「太陽のめざめ」 で、2015年、カンヌ国際映画祭のオープニングを飾っている。2人の名優からの絶大なる信頼のもと、ベルコが再びメガホンをとったのは、命の不条理を描いた感動作である。

 

 

 

母クリスタルとともに、名医として知られるドクター・エデのもとを訪れたバンジャマンは、ステージ4の膵臓ガンで半年から一年の余命宣告を受ける。できるだけ苦しまないよう日々を過ごすために、病状を緩和する化学療法を受けることに心ならずも同意する。

「自分が死ぬわけない」。心の底では現実に抗う感情が渦巻いている。悔しさが滲み出る。母親は、なす術もなく息子が死にゆく日々を見守る決心を余儀なくされる。力なくうなだれるが、覚悟はできている。そんな表情が切ない。

期せずして人生半ばで死を覚悟せざるをえないバンジャマン。終末を迎える者、終末を見届ける者、それぞれの死生観が交錯する。

 

 

 

日に日に病んでいくバンジャマンを取り巻く人々。演劇学校の生徒たち、父に見捨てられた息子、元夫に恨みをもつその母、担当医をはじめとする医療従事者。さまざまな思いで死にゆく人と対話していく。

院内では、患者たちの癒やしのために、枕元でミュージシャンが音楽を奏でる。また、ある時は、弁護士と遺産の相談をかわす。フランス流死の準備が着々と進む。

やがて、バンジャマンは、ほぼベッドに横たわり、死相を表情にたたえる。ブノワ・マジメルという役者にバンジャマンが憑依した瞬間だ。エデ医師は粛々と諭す。今、体は戦っている、しかし、がん細胞には勝てない、と。

朦朧とした意識のなか、ただただ、天井を見つめる。そこに投影される人生の軌跡を反芻しているのか。あるいは、モルヒネですでに考える機能は失われているのか。がんの末期に訪れる壮絶な痛みにマジメルが実際に襲われているかのように、すでにその眼はこの世のものではない。

 

 

 

 

ドクター・エデは、バンジャマンの死期を悟りながら、週末に結婚式に出席するため南仏に旅に出る。月曜に帰ってきた時にはバンジャマンがいないことはわかっていた。枕元で普段通りに語りかけ、優しく別れを告げる。

主治医のドクター・エデを演じたのは、実際にガンの専門医であるガブリエル・サラ。患者に向き合う姿は、あくまでも冷静だ。死を取り巻く人々とかわす言葉が心に染み入る。何人もの患者を看取り、死を肌で感じながら構築していった哲学。人は死ぬ、そういうものなのだ。ゆえに与えられた命を誠実にまっとうしなければならない。そんな、シンプルな無常を感じさせる。

ドクター・エデが、死を知らせる電話を受けたのは、山道を上るドライブ中だった。かすかにうなずき、何事もなかったように走り続ける姿に、病との戦いを終えて安らかになった魂が透けて見える。

 

text Miki Yamashita

 

 

『愛する人に伝える言葉』

監督／エマニュエル・ベルコ
脚本／エマニュエル・ベルコ、マルシア・ロマノ
出演／カトリーヌ・ドヌーヴ、ブノワ・マジメル、セシル・ド・フランス、ガブリエル・サラ
2021年／フランス映画／フランス語・英語／122分／カラー／スコープサイズ／5.1chデジタル／原題：De son vivant／字幕翻訳：手束紀子／英題：Peaceful

日本公開／2022年10月7日（金）新宿ピカデリー、シネスイッチ銀座 他全国公開
配給／ハーク、TMC、SDP
後援／在日フランス大使館、アンスティチュ・フランセ日本
© Photo 2021 : Laurent CHAMPOUSSIN – LES FILMS DU KIOSQUE

公式サイト：https://hark3.com/aisuruhito/#

text Miki Yamashita