「バルバラ セーヌの黒いバラ」フランス伝説の歌姫が蘇る
2018年11月07日
「バルバラ セーヌの黒いバラ」
2018年11月16日よりBunkamuraル・シネマほか全国にて順次公開
日本でも岸洋子らに歌われた「黒いワシ」「ナントに雨が降る」などの名曲で知られ、1950年代からシャンソン界の女王として君臨したフランスの伝説的歌手バルバラ。この映画はバルバラの自伝として作られているが、主演のジャンヌ・バリバールが演じるのはバルバラではない。バルバラの人生を演じる女優ブリジットである。
ブリジットの語る長い散文詩で始まるくすんだモノトーンの画像。美しいが、謎に包まれた歌い手の生涯を包み隠すように陰鬱だ。
バルバラに扮し、映画の撮影を控えているブリジット。当初は、ブリジットという女優、バルバラ、監督、周囲の人々と役柄を把握して観ることができる。徐々にその境界線が曖昧になり、どこからが演技なのかプライベートなのか、観る者は混乱し始める。途中バルバラ本人の映像が随所に挟み込まれると、それが本人なのか演じているブリジットなのか、さらにはバリバールなのか、それすらわからなくなる。主演のジャンヌ・バリバールがまるでバルバラが乗り移ったかのように、怖いほどバルバラの個性を写し取っているからだ。
バルバラを演じるにあたり、ピアノと歌を1年間学んだというが、バルバラと対峙してそれほど長い時間があったわけではない。実際にコンサートを見たこともないバリバールが演じるブリジットは、バルバラの全てを疑似体験しようとしている。次第にバルバラの存在が大きくなり、心身ともにバルバラに支配されていくブリジット。そしてマチュー・アマルリック演じる映画監督イヴも同様、バルバラにのめり込んでいく。
映画は、バルバラの役作りに入るブリジットを通して描かれていく。苦渋に満ちた孤高の歌手の人生を演じるひとりの女優とその映画監督は、いつしかラビリンスを彷徨う。そして観客もその迷宮をともに体験していく。果たしてイヴを支配しているのはバルバラなのか、それともバルバラに扮したブリジットなのか。
撮影されつつある映画の中で、現実とフィクションを交えた〈入れ子構造〉のスタイルをアマルリック監督は巧妙に計算し、映画を強烈に表現している。
監督役のアマルリックとバリバールは、かつてパートナー同士。作り話であるということを意図的に観る者に気付かせることで、虚構と現実の関係について問題を提示する。この映画のなかでその事実が影響を色濃くする。それを知る観客は、パートナーとしての時間がバルバラとイブの関係性により深い意味を求めるのではないか。
バルバラはユダヤ系としてパリに生まれ、ナチスの占領下時代には住まいを転々とした。歌手になってからは、ツアーの連続で家を持たなかったバルバラ。生涯、旅を続け、歌に生きた。晩年はエイズ禍との闘いもあり、かりそめの愛にしか出会わなかった孤独な歌姫。
劇中には、「ナントに雨が降る」「黒いワシ」「我が麗しき恋物語」「いつ帰ってくるの」「小さなカンタータ」など約50曲が登場する。バルバラ・ファンではならずともシャンソン好きには魅力的だ。
装置のような映画の中の映画にバルバラという芸術家の魂を大胆にしかし静かに写し出す。バルバラの人生の具体的なエピソードは少なく、観客は情報を自ら探さなくてはならない。しかし、観客はそのエニグマを無理に解き明かそうとしないほうがよいのかもしれない。バルバラとはそういう存在なのだ。
文*山下美樹子
バルバラ セーヌの黒いバラ
監督・脚本マチュー・アマルリック キャスト ジャンヌ・バリバール、マチュー・アマルリック
2017年/フランス/99分
ノミネート第70回カンヌ国際映画祭 ある視点部門詩的映画賞受賞
第43回セザール賞 主演女優賞・録音賞受賞配給ブロ-ドメディア・スタジオ
http://barbara-movie.com/
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「ドナウ川クルーズ麗しの旅vol2.世界遺産ヴァッハウ渓谷を訪ねて」