石戸谷結子の世界オペラ散歩⑭ 充実のザルツブルク音楽祭とカウフマン出演グラフェネク音楽祭

カテゴリー/ VISIT |投稿者/ Gouret&Traveller
2018年10月28日

クラシック音楽、なかでもオペラを専門に、多数の評論を執筆。難しく思われがちなクラシック音楽をわかりやすく解説し、多くのファンを持つ音楽ジャーナリスト、石戸谷結子さんが、世界の劇場を巡りオペラの楽しみ方を教えてくれる連載、「石戸谷結子の世界オペラ散歩」第14回は、クラシックの音楽祭のなかでも斬新な新演出が生まれ続けるザルツブルク音楽祭とカウフマン出演の2007年にスタートしたグラフェネク音楽祭の模様をお伝えします。

 

 

充実のザルツブルグ音楽祭

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バイロイトは2演目だけで、早朝に国境超えてザルツブルグに向かう。列車を2回乗り継いでの長旅だが、12時すぎに駅について、それからチケットをピックアップして宿泊先に向かい、急いで着替えて午後3時から「ポッペアの戴冠」を観るのだ。絶対に寝るだろうと覚悟を決める。若い人はいいが年寄にはキツイ。重い荷物は持てないのだ。

 

 

 

 

 

IMG_2036「ポッペアの戴冠」。ネローネ役のリンゼイ(左)とポッペア役のヨンチェーヴァ
 
ウィリアム・クリスティの指揮による「ポッペアの戴冠」。主演はソーニャ・ヨンチェーヴァだ。彼女はこの1-2年でレパートリーを急激に拡大しており、声も充実し、アンナ・ネトレプコに迫る勢い。ヴェルディも重い役も歌い始めている。しかし、バロックにも手を伸ばすとは意外だった。他のキャストに比べると古楽系の歌い方ではないので、少し違和感はあるものの、美声だし巧いし容姿も妖艶で、悪女のポッペアにはぴったりだと思った。ネローネはケイト・リンゼイ、オッターヴィアはステファニー・ドストラックと、女性陣が活躍する舞台だ。

 

 

 

 

 

IMG_2037「スペードの女王」の一場面

歌手と演奏は申し分がないのだが、演出はいま流行のコンテンポラリー・ダンスの振り付け家の演出。ヤン・ロワースが主宰するニ―ドカンパニーといういま大人気のグループで、演劇と音楽とダンスを融合させたパフォーマンスを展開しているらしい。ダンスそのものはユニークで、面白いのだが、オペラとも物語とも全く無関係としか思えない。舞台の動きと前方で演奏し歌う歌手とは融合しないのだ。最近オペラを演出する他ジャンルのアーティストの進出が盛んだが、これも巧くいく例は極めてまれだと思う。

 

 

 

 

IMG_2118赤い軍服すがたのゲルマンは、カードの賭けで、最後にスペードの女王の呪いで、大敗し、自殺する。

「スペードの女王」は、マリス・ヤンソンスの指揮。演出は過激で知られるハンス・ノイエンフェルスとあって、期待と不安でどきどきしながら会場に向かう。舞台は意外や意外に、過激ではなくちょっとがっかり。しかし、映像を巧みに使い、白と黒の衣装のなかに、真っ赤なゲルマンの衣装を配すなど、色彩面では凝っていた。ゲルマン役のブランドン・ヨヴァノヴィッチは声にパワーはあるが、カリスマ性がなく、なぜリーザが惹かれるのか分からない。リーザ役のエフゲニア・ムラヴィエーヴァは美しいソプラノで声もよく透る。伯爵夫人役のハンナ・シュヴァルツがキャラクター的には最も面白く、服装も派手。それに超ベテランのシュヴァルツゆえに、存在感があった。しかし、やはりヤンスンスの指揮がドラマチックに引き締まり、音楽が最も聴きものだった。

 

 

  

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 「アルジェのイタリア女」。らくだに乗っているのは、イザベッラ役のバルトリ

IMG_2033「アルジェのイタリア女」。お腹に詰め物をして、“ファルスタッフ”になったアブドラザコフとバルトリ

3演目見た中で、最も面白かったのが、ロッシーニの「アルジェのイタリア女」。聖霊降臨祭音楽祭でプレミエ上演され、夏に再演された、チェチーリア・バルトリ主演の喜劇だ。ムスタファを歌ったのがイルドール・アブドラザコフだが、これが本当に巧かった。お人好しのちょっとオツムが弱そうなムスタファを、まるで喜劇役者のように面白くまるで地では、というほど自然に演じた。もちろん声は朗々としていて柔らかく、さすがはロッシーニ歌い。主役のバルトリは相変わらず巧いが、声は少し重くなっている。演出はモーシェ・レイザーとパトリス・コーリエのコンビ。バルトリとはいつもチームを組んでいて、時にええっ!という、過激な舞台を創ることもあるが、今回は時代を1960年か70年代頃に移し、いかにもアルジェリア風のゆるい背景をこしらえて、なんとも楽しく抱腹絶倒の舞台を創り上げた。注目はリンドーロを歌った、エドガルド・ロチャ。イタリア人でロッシーニ・フェスティヴァルに出演している若手のテノールだが、軽やかな高音を響かせて舞台を盛り上げた。指揮はジャン・クリストフ・スピノジ。古楽集団のアンサンブル・マテウスを軽やかに指揮して、ロッシーニの音楽を堪能させてくれた。
 昨年に比べて、ちょっとトーン・ダウンした感じのザルツブルグ音楽祭だが、やはり演出といい歌手といい指揮者といい、一流どころを集めた世界第一級の音楽祭であることに変わりはない。

 

 

カウフマン出演、グラフェネク音楽祭

 

 

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ザルツブルグは5日間という例年よりもかなり短く切り上げて、向かった先はウィーン。ウィーンに着いてすぐ、楽友協会前から出ている専用バスに乗り換え、グラフェネクへと向かう。ここはウィーンから車で1時間弱のバッハウ渓谷の近く。ドナウ川に沿って下るとクレムスという街があるが、グラフェネクはこの近く。広い芝生の庭と美しいお城が建つ敷地に、野外劇場があり、2007年からここで、グラフェネク音楽祭が開かれているのだ。音楽監督はピアニストのルドルフ・ブッフビンダーで、年々盛況をみせ、今年は8月17日から9月9日まで、オーケストラ、室内楽、器楽、声楽と多ジャンルにわたり、世界から一流アーティストが集まる。日本では佐渡裕指揮のトーン・キュンストラー・オーケストラの演奏がテレビで放映されているので有名だ。今年はなんと、ヨナス・カウフマンが登場して、「ワルキューレ」の第1幕を演奏会形式で歌うので、大人気になった。ジークリンデ役はマーティナ・セラフィン、フンディング役はファルク・シュトルックマンと、なかなかのキャストが揃った。

 

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バスが着くのは開演の2-3時間前なので、ゆっくり庭を散歩したり、お城を見学したりできる。城はメッテルニヒのお城で、数年前までは荒れ果てていたが、修復が完成。今年はお城の内部も見学できる。庭ではピクニックをしたり、ワインを飲んだり。グラインドボーン音楽祭を目指しているのだろうか。クレムス近郊は白ワインの産地。お庭にはワイン会社がブースを出しており、テイスティングなども楽しめる。
 さて、陽も暮れて「ワルキューレ」が始まる。最初にブッフビンダーが出て来て、じつは・・・としゃべりだしたので、「ええ? カウフマンがキャンセル?」と思ったら、足をけがしたのですが歌います、とのこと。一安心だ。カウフマンは足を引きずりながら登場したが、演奏会形式なので大丈夫。この日は調子がよく、ミュンヘンでの「ワルキューレ」よりも調子が良いと思った。のびのびと、ジークムントのアリアを歌い、兄と妹は手に手を取ってフンディングの家から脱出して、ドラマチックに幕が下りた。途中から辺りは暗くなり、暑さもやわらぎ、気持ちの良い夜。ワインの酔いも手伝って、大満足でグラフェネクをあとにした。

 

 石戸谷結子の世界オペラ散歩⑬バイロイト音楽祭

石戸谷結子(音楽評論家)
Yuiko Ishitoya, Music Journalist
青森県生まれ。早稲田大学卒業。音楽之友社に入社、「音楽の友」誌の編集を経て、1985年から音楽ジャーナリスト。現在、多数の音楽評論を執筆。NHK文化センター、西武コミュニティ・カレッジ他で、オペラ講座を持つ。著書に「石戸谷結子のおしゃべりオペラ」「マエストロに乾杯」「オペラ入門」「ひとりでも行けるオペラ極楽ツアー」など多数。

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